2016年12月23日

猫とのお別れ

年末になり、悲報をたくさん耳にします。
猫のボランティア活動、18年にもなると
活動初期のころ、保護し新しいおうちへ行った猫さん
の悲報が来るようになりました。

今年は、我が家でも3匹、家族として
生活した猫が亡くなり、
年月の早さを実感してたりします。

今年、いただいた悲報の中で
思い出深い猫のお話を2件、紹介します。
◆  ◆  ◆
2001年、公園Aでロシアンブルーと
思われる成猫が遺棄された。
この公園は、2000年から野良猫対策に着手して
一年半で130匹以上の猫の手術を終わらせた場所。
新しい猫がいれば、すぐ私に連絡が入る。
その猫は、園内の施設がある場所で、
なんとか他の猫と喧嘩しながらも餌をもらい
カーペットちゃんなんて呼ばれながら
数週間がんばって生きていた。
さっそく、見に行き、その場で
抱っこし、キャリーバッグに入れ保護して帰った。
獣医師に不妊手術を頼むと
「えぇぇぇ どう見ても純血種だよ?
 手術もったいなくない!?」と院長が
おっしゃる(今じゃ考えられないけど、
15年前は、そんな話いくらでもあったのだ)
私が、ムッとした顔で、反論しようとすると
「あ・・・するする手術する」と院長(笑)
その後、抜糸の際や、うちの猫にケージ越しで
対面させた際など、野獣のような鳴き声を発し
襲ってくるほどの凶暴っぷり。
人間とだけ接する時は、甘えっ子なので
こりゃー1匹のみの飼育で、やや凶暴でもOKと
いう里親さんを見つけないとだ。
すると、以前も気の荒いシャム猫を飼ってたと
いうご家族から問い合わせが来た!
「気の荒い猫、大歓迎
 うちにぴったりです」と言ってくださり
Kちゃんという名前になり新しい家族として
迎えていただいた。
そしてこの9月。
メールが来た。以下、Mさんから。
2002年1月にTINA様宅から我が家族に迎えましたロシアンブルーのKが、
本日午後3時16分、お母さんに見守られながら旅立ちました。
来たときに推定3歳とのことでしたので、17年の生涯でした。

皮のソファーでの爪とぎが得意で、最初は困り果てましたが、
防御策を講じたあとは我が家の人気者となり、
玄関に来客があると「かわいい猫ちゃんですね」と
客が言うまで催促したり、
バイオリンに合わせて歌ったりと大活躍でした。
2010年に引っ越した際は、車の中で怒りうんちをし、
そのときから大きな声が出るようになり、
目覚まし時計の代わりをやってくれていました。

先週初めぐらいから次第に食が細くなり
また粗相をするようになりおかしいなと
思っていましたが、
昨日からは固形物を食べなくなり、今朝一度水を飲んだだけ
で、ぐったりとしていましたので、
ハイドン「ひばり」のCDをかけ、
お母さんがつきっきりで、
「Kちゃん、ありがとう。君と一緒で楽しかったよ。
うちに来てくれてありがとう」と言いながら体をさするなか、
永眠しました。

お母さんも私も虚脱感でいっぱいですが、
「ああしてやればよかった」という後悔はありません。
Kも幸せだったし、私たちも幸せでした。

Kと暮らせた14年半をくださいましたTINA様、本当にありがとうございました。
私たちも、何年先になるかわかりませんが、
また向こうでKと会えるのを楽しみにしております。


公園であの子を見つけた時のこと
頭の中に色彩豊かに光景が残っています。
幸せにしてくださり本当に本当に感謝しかないです。涙

1227ktyan.jpg
 送っていただいたKちゃんの写真




そして、今月23日。
1998年の12月に譲渡した猫さんの悲報が届いた。
私が猫の譲渡をはじめて5匹目ぐらいの
猫さんだった。
まだ、野良猫対策現場が現在進行形の当時、
大阪に住んでいる友人が、
同僚が子猫を拾ったが事情があって飼えなくなった、
なんとか東京で里親さんを見つけてくれないか?と
頼んできた猫さん。
(その友人は、近くの公園で猫への虐待を
見てしまい地元での譲渡をひどく嫌がっていた)
とにかく、写真を送っていただき、募集を開始。
そうすると函館のかたよりお問い合わせがあり
関東に実家があるので、里帰りした際に
譲っていただけないか?とのお話が来た。
何度か、メールをやりとりし、この方ならと
決め、さっそく友人に連絡し、
生後半年ぐらいになった茶トラの男の子が
大阪から飛行機でやってきた。
羽田空港で待ち合わせ、猫をお譲りした際の
Nさんの嬉しそうな表情、飛行機で飛んできて
戸惑って緊張してる快くん(そういう名前になりました)
今も記憶にはっきりと残ってる。
快くんは、その後、発作のある猫ということが
わかり、Nさんは、ケアしながら
報告もまめにしてくださり、
大阪の元の飼い主さんも
函館まで、猫に会いに行ってくださったりと
猫が大阪〜東京〜北海道と架け橋を
結んでくれた。
12月23日。
以下が届きました・・・
●  ●  ●
快君、先ほど亡くなりました。
軽い痙攣を何度か起こし、静かに息を引き取りました。
ずっと抱っこして「大丈夫大丈夫、ここにいるからね」と
一緒にいました。
快君、昨日の朝方、私の首にお腹のせて寝ちゃうんですよ。
昔、夕君と祥君と3匹と一緒に寝ていた頃、
私の両隣を陣取って、
残りは首っていう感じだった時があります。
もしかしたら、夕君や祥君も一緒にいたのかな。

快君も確か19歳か20歳。
豪快な快君にどれだけ笑わせてもらったことか。
この出会いを本当にありがとうございました。

1227kai.jpg
 
 いただいた写真です
元気な頃の快くんと一緒に写ってる写真、泣けました


発作のあったあの子をとても大事に愛してくださって
私が思っていた以上に、長生きしてくれたことに、
ほんとに心安らかに過ごし、寿命をまっとうしたのだと
感じます。 感謝でいっぱいです。

 お別れはいつも辛いですが
 猫が縁をつなげてくれて、
 心温かい人と幸せな生涯をおくれた事実。
 こんなに幸せな話はありません。
 感謝と暖かい心で満たされます。
ニックネーム TINA at 23:51| Comment(2) | 保護猫・犬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。
猫さんの、それぞれの人生がとても、豊かなものだった事が、TINAさんもうれしいでしょうし、私もおすそわけしてもらい、ホッコリしました。勇気ももらいました。
Posted by ヴィオレッテ at 2016年12月27日 14:49
ヴィオレッテさん
年末から年始にかけて
ぶっ倒れてまして、
この頃の返信が、今頃になり
失礼しました(´д`)m(__)m
こりずにまた読みにきてくださると
嬉しいです。
いつも暖かいコメントをありがとうございます。
Posted by TINA at 2017年01月31日 11:51
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